fumimaro40’s diary

fumimaroはふつうの事務員。感じたままを。

いい加減

真面目すぎるんだよね、もっといい加減にならなくちゃ、叔父は私を諭すように言う。

彼は母の弟で、私を子供の時から何かと気にかけてくれていたらしい。らしい、と言ったのは、私自身あまり記憶が無いからだ。

もちろん親戚として、年に数回は顔を合わせる。その際、それまでの近況報告的な話しはした。学生時代は、学校のことが話題だったのだろうか、それも薄れた記憶だ。

就職してからは、仕事の悩み等を話したのかもしれない、会う度にそれを心配される。

他人の仕事内容は分からないものである。ただ、表向きは職業という区別があるため、それに就いたら何をするのかは誰もが分かるようになっている。「〜になるには」みたいな様々な職業を紹介する書籍も見たことがある。

どんな仕事に就きたいか、いつ頃考え始めるのだろう。小学生の頃、将来何になりたいかと問われることがあった。学校でも親戚のおばさんにも。その度に答えていたのは、幼稚園の先生。中学校でも高校選びをする際、その先の大学を、さらに先の就職をも考えさせられた。この頃は教員になりたい、と答えていたと思う。

本当に自らの言葉だったのだろうか。なぜ、そのような答えを導き出したのか思い出せない。想像するに、たぶん親が安心し喜ぶ顔見たさで、それなりの答えを考えたのだと思う。

そもそも、なりたいものや夢のようなものは何もなかった。その時を幸せに満足に生きていたからであろう。今でも同じだ。なりたいものなど無い。あの頃答えていたものにはならかったが、親が安心する職業には就いた。

いい加減が、不得意である。